下積み時代は財産  2023.7.7

今年も7月になり下半期がスタート!

7月に入り、毎日忙しいが、僕は大好きな仕事に集中している。

昨日は経営者としての役割の仕事が多く、沢山の取引先様が来店されました。

初めて来店された取引先様もいらしゃって、社長のブログ見てます!って言われ、僕は驚いた。

最近、ブログ見てますって言われるのが多くて、嬉しく思う気持ちと、

色んな方達が見てるから、下手なこと書けないなと!笑

ただ僕のブログは全て赤裸々に書いている。

ちょっと過激な内容の時もあるかもしれませんが、誰かのお役に立てるならと思い書いているし、

赤裸々に書かないと想いが伝わらないと僕は思う。

そして、今日は僕が経験して成長できた出来事を話そうと思います。

僕は二十歳の時、アパートに一人暮らし、仕事はスタンドマンだった。

当時のガソスタ店員の給料は手取りで11万〜12万!

3万5千円のアパートに住み、水道光熱費、携帯代、食費、そして車のローン

当時、絶対妥協できなかったのが、大好きな車

高級車の日産シーマを5年60回払いで購入した!

が、これが生活を苦しめてしまった。

皆さん、分かりますよね、

普通に考えて、全然マイナスです。笑

どうにかなるさ的な甘い考えと、若気の至り、どうしても欲しくて買ってしまった。

恥ずかしい話しなのだが、当時初めて作ったクレジットカードでキャッシングを繰り返し

あっという間に限度額の50万まで借りてしまい

どうにかしないとなと考え、黒のスラックス、黒のワイシャツを買い、次の日からバイトを探した。

何故、黒のスラックスとワイシャツだったかと言うと、夜の世界にも興味があり、何処かのキャバクラかスナックでボーイをしようと思っていた。

3つのお店が面接してくれたが、全て不採用だった。

見た目が悪かったのかなぁ…理由はわからないが不採用

そして行き着いた先が運転代行だった。

朝8時から18時までスタンドの仕事をして、帰宅してシャワーを浴びて着替え夕食を食べて、

夜は、運転代行のバイトへ行き、夜8時から朝3時まで仕事をした。

帰宅して3時間寝て、昼の仕事に行く。

このハードな生活を1年半やったが、いくら若いとはいえ身体が悲鳴を上げていた。

ただ、良い経験もできた1年半でもあった。

運転代行初出勤の時、みんな事務所に勢揃いするのだが、社長は無愛想な人だった(笑)

そして働きにきてる人達も、20代〜60代とバラエティーだったし

みんな借金がある人達だった。

まぁ、当時の俺もそうなのだが 笑

そして始めた運転代行!

運転は元々好きだったし、お客様との会話も全然楽しかった。

ただ、運転代行なので、もちろん酔っ払いにも沢山当たる。

お客様に、お帰りどちらになりますか?と聞き

花泉まで行ったら起こせってお客様がいて、

花泉町に着いた所で起こすと、俺の家過ぎてるぞって逆ギレされたり

俺の家、知らねーのか?って…

心の中では、知らねーから聞いてんだろって思っていた(笑)

半年も運転代行をすると、この曜日のこの時間帯であの店から帰り先が厳美だと、あの人だなとか

あの店からこの時間だと、あのお客様だなとか、大半のお客様を覚え、沢山のお客様の自宅もインプットした。

そして僕がバイトしていた南岩手代行は、当時では珍しく完全歩合制だった。

例えば市内近場のお客様を10人送り届け、その日の売上が15000円だったら、35%を会社へ渡し、残りを2人一組で折半。

長距離3本走って18000円を35%会社へ渡して折半って感じで、

この時、お金に困りバイトしに来ていたのだが、完全歩合制って事で、俺は誰にも負けたくない、

一番の売上金額を出したいって気持ちが強かった。

そして稼いだ金額は毎月1番だった。

今思えば、僕はこの時既に営業体質だった。

そして忘れられないエピソードがある。

気仙沼のベンツに乗った社長さんが、月に一度、一関に飲みに来るのだが、

使う運転代行は、必ず南岩手代行だった。

無線で駅前市営駐車場から気仙沼!って入ると必ずその社長さんなのだ。

ある時、先輩達が、あの社長怖いから誰か行きたい人に譲るよって話しになり、

僕はその社長さんを送った事もないし、気仙沼なら1万くらいなるなと思い、

じゃあ俺行きますって言い、俺が送る事に。

この時はベンツも運転できるし、ラッキーくらいにしか思ってなかった。

駐車場へ行くと白のSクラスのベンツ!

イカついスーツを着た社長さんと、奥さんか愛人か分からないが綺麗な人が待っていた。

宜しくお願いします!と言うと、今日は随分と若い兄ちゃんだなと!

ベンツ運転できんのか?って聞かれ、初めてですと返した。

まず行けと、ドスの効いた声で言われ出発した。

走り出すと、なんで代行やってるんだって聞かれ、ありのまま話した。

大笑いされ、よっぽどシーマ欲しかったんだなと!

そして、なんでそんな格好してんだと言われ、格好ですか?って聞き返すと、

代行なのに黒シャツでスラックスだからよ!と言われたので、

じつはスナックとかキャバクラ店のボーイをやろうと思って先に服を買ったのですが、

面接で全部落ちて代行する事になりました!と話したら、また大笑いされた(笑)

そして気仙沼へ着くと、楽しかったぜ兄ちゃん!運転上手いなって言ってくれて、

なんと1万のチップをくれた。

兄ちゃんのポケットに入れても良いし、着いてきた奴と分けても良いし、好きに使えと!

もちろん、俺はチップも折半した。

そして、その後、気仙沼の社長さんは毎月、僕を指名してくださり、毎回1万のチップをくれた。

流石に毎回もらって申し訳ないなと思い、

3回目の時に、社長、毎回申し訳ないのでチップいいですよと言うと

兄ちゃん、クラブやスナックに行って、2000円分くらいしか飲んでなくても、会計は何万だろと!

ホステスさんの接客、会話に何万と払うんだよと!

それと同じで、俺は兄ちゃんの面白い話しに1万払ってんだ!ホレ、受け取れと!

何だか凄く納得してしまい、ありがとうございますと受け取った。

僕が運転代行を辞めるまで6回、この社長さんを送ったのだが、

代行代で1万、俺にチップで1万で、2万かかるなら泊まった方が良いんじゃないかと思ったりしたが、

建設業の社長さんなのだが、きっと朝の朝礼や現場に社員と一緒に出ている素敵な社長さんなんだと思った。

だから毎回帰るんだと!

男気を感じる社長さんだったなぁ。

そして、1年半もの過酷な生活をしていた僕は、色々あってガソスタ定員を辞め、運転代行も辞めて

昼一本で勝負して稼ぐ営業の世界へ飛び込んだ!

ガソスタ店員で身につけた接客、運転代行で身につけたトーク力

経験した歩合制、メンタル力

そしてコミュニケーション能力

たまたまなのだが、営業マンになる為の経験を沢山して、満を持して営業会社へ入社した!

そしてトップセールスマンになり、作った借金も全て返済した。

僕はこの1年半の経験に大きく成長させてもらった。

今でも忘れる事のない、まさに下積み時代

今回はブログを書いている途中、当時を思い出し泣けてきました。

そして、気仙沼の社長さんを最後に送った時の会話がある。

兄ちゃん、将来仕事何したいんだ?って聞かれ、何かの社長になりたいですって答えた。

いつものように、大笑いされるかと思ったら、

真面目な声で、兄ちゃんならなれそうだな、頑張れよ!と言われた。

あの時の経験、出会った人達に僕は成長させてもらった。

今後も下積み時代を忘れずに、更なる飛躍へ突き進んで行きます!

最後までブログ見てくれた方、ありがとうございます。

ではまた!

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